サンタは北極にいるのではなく、もっと俺のずっと近いところにいるのだと気がついたのはいつの頃だっだだろう。正確な時期は覚えていないが、真実を知ってがっかりするどころかとても嬉しかったのははっきりと覚えている。兄貴は昔から、俺にとってヒーローのような存在だったから。
毎年クリスマスツリーの下に用意していた、甘いクッキーとコップ一杯のミルク。サンタの正体を知った年からそれは麦茶とおにぎりに変わった。サンタさんにも俺の大好物であるおにぎりを食べて欲しいから、なんてのは幼い頭で考えた精一杯の言い訳で、本当は俺の枕元にプレゼントを届けてくれるサンタさんは甘い物があまり食べられないと知っていたからだった。
大きくなってからは今もサンタを信じている、なんてあからさまに言うことはなくなったが、クリスマスイブの夜は普段より早く寝るようにした。とかく無理をしがちなうちのサンタに、無駄な夜更かしはさせたくなかったから。
兄貴といると、俺はいくつになっても弟だった。兄の背を超えても華奢な身体を抱え上げられるようになっても、それは変わらないことだった。嫌だと思ったことは一度もない。どれだけ痛みを伴う処置にも薬の重い副作用にも文句ひとつ言わず耐えきって、最後にはほら、今回も勝っただろうとばかりに晴れやかに笑ってみせる兄貴を、俺は心の底から尊敬している。誰よりも強い兄の弟であれることを誇りに思っている。
「兄貴、メリークリスマス」
痩せ細った身体のあちらこちらに無機質なコードやチューブが繋がれている。命の残りを冷たいデジタルな値で示されて、医療機器に囲まれた兄はただ昏々と眠り続けている。酸素マスクを曇らせるか細い吐息だけが唯一生きている温もりを見せていた。
枕元にそっと小さな包みを置いた。足音を忍ばせなくても兄の深い眠りが途切れることはない。なんて簡単なサンタクロースのお仕事だろう。そう考えたら涙が溢れてきそうで、ぐっと強く奥歯を噛み締めた。
「去年のクリスマス、覚えてるか? 年が明けたら旅行に行こう、俺が受験生になる前にいっぱい遊んでおこう、そんなこと話してさ。テニスコートのあるコテージに泊まって、俺と父さんの本気の試合が見たいって、兄貴言ったよな」
兄の身体が弱いのはわかっていたけれど、明日も明後日も来年もその先だって、ずっと幸せに笑いあっていられると勝手に思っていた。何度入院しても、半日以上かかる大手術を受けても、兄貴は必ず目を覚まして俺の名を呼んでくれたから。
もう兄貴は苦しそうな寝顔をしていない。数日前に苦痛を取り去る薬を点滴し始めてから、ずっと子どものような穏やかな顔で眠っている。
もう俺にサンタが来ることはないのだろう。それは子どもでいられる時間の終わりを告げているようだった。
俺のサンタはただ一人だけだと思ってきたけれど、もしも本物が存在するとしたら、欲しいものがあります。どうか、兄貴ともっと長く一緒にいさせてください。どこに行きたいとか何がしたいとか、そんなことは求めないから、兄貴を俺の前から奪わないでください。
いい子にしています。どうか、俺たち兄弟がここにいることを忘れないでください。
