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 風で消えかけていた二人分の足跡を新たに刻むように元来た道を辿っていく。前を歩く作之助の長い髪が陸風に吹かれてふわふわと漂っていた。
「お財布すっからかんで、どうやって帰るの」
 強い風に煽られたお下げ髪に引っ張られるように振り向いて、作之助は困ったように呟いた。
「歩いて歩いて歩き通せば、いつかはきっと帰りつく!」
「バスで一時間以上も揺られてきたってのに、アホちゃうんか……」
 ケラケラと能天気な笑い声がふと止んだ。何か見つけたのか、太宰はひょいとその場にしゃがみこむ。ふっふっふ、と誇らしげに見せびらかす指先には五百円玉が挟まれていた。
「幸先いいぞ! もっとあるかもしれない!」
「これと同じ幸運があと最低四回は続かんと帰れへんのやけどな」
 きょろきょろと足元に目をやりそこらの小石を忙しくひっくり返し始めた太宰を見て、作之助は思わず吹き出した。そないなことしたって無駄や――言いかけて、足元にきらりと光る何かを見つけた。
 砂に半分埋まっていたそれは赤いシーグラスだった。すっかり角の取れて丸くなったガラス片を何となく目元にかざしてみると、世界がぼんやりと赤く染まった。透かした視線の先で笑う太宰と目があった。ガラスの向こうの彼は一層幸せそうに見えた。
「太宰クン、なんでか知らんけど今、とってもあたたかい気持ちがするんよ」
「奇遇だな! 俺もだ」
 それが、生きてるってことじゃないのか。太宰は笑う。ニッと口元を上げるだけの笑いから次第に声があふれ出し、長い肩掛け外套を揺らす大笑いになった。
「またこうしてお前に会えた! それだけで、この転生にも意味があるって思うんだ」
 そうやね、と作之助はそっと呟いた。太宰は肩を震わせて笑い続けていた。

「結局五百円ぽっちしか見つからへんかったけど、ほんまに歩いて帰るしかないんか……折角生きる気になったんに、しんどすぎて死んでしまいそうや」
 ようやっと国道のバス停に帰り着いた時にはもう、最終便の時間はとっくに過ぎ去っていた。酒を買う金もなくこれから夜通し歩き続けなければならないことを思うと早くも気が滅入りそうだった。
「ふっふっふ。こんなこともあろうかと、奥の手はちゃんと考えてある!」
 ぼやく作之助をよそに、太宰は不敵に笑ってぐっと親指を突き出してみせた。
「ヒッチハイクって言うらしい! こうして親指を突き出して待っていると、親切な車が止まって乗せてくれるって、司書に聞いた」
「ほんまに?」
「ああ。こうやって旅をする物好きもいるらしい」
 太宰は自信満々でポーズをとり続けたが、待てど暮らせど止まってくれる車は現れなかった。一度だけ荷台に野菜を山ほど乗せた軽トラックがスピードを落としてくれたこともあったが、運転手と一瞬気の毒そうな視線が交わったきりだった。当たり前だ、日の暮れた田舎の国道に妙に目立つ格好をした怪しい男二人が揃ってニコニコ立っているのだ――自分が運転手だったら絶対に乗せたくないと作之助は思った。それでも妙に楽しかった。
「太宰クンやから駄目なんじゃないやろか」
「なんだと!」
「ちょっと代わってみ。男前なワシがやれば一発や」
 今度は作之助が代わって親指を出す。すると、次に通りかかった車が奇跡的にも止まってくれた。
「おにーさん達、今時ヒッチハイク? めっずらしー!」
「うわっめっちゃイケメンじゃん! どこまで行くの? 乗せてってあげる!」
 助手席のウィンドウが開いて女性が顔を出す。運転席に座っているのも女性で、二人は興味津々といった風で珍妙な旅人を上から下まで眺めまわした。カーステレオからアップテンポな音楽が大音量で流れている。きゃあきゃあと黄色い声をあげる彼女達は随分と派手好みのようだったが、中々の美人だ。
「どうや? ワシにかかりゃ、こんなもんやで?」
「……っ! 悔しい、本気で悔しいっ!!」
「ほらほら太宰クン泣いてないで、はよ乗ろうや。即決でけへん男はモテへんで」
「泣いてなんかない! オダサクのばか!!」
 ほらおねーさんたち待っとるでと背を押され、太宰はつんのめるようにステップに足をかけた。

――おおきに、太宰クン。
 太宰の背にするりと痩躯を絡ませ、作之助はそっと耳元で囁いた。驚いて振り向いた太宰に、彼はへへへと照れ臭そうに笑ってみせた。


 

参考・引用作品
太宰治『織田君の死』
太宰治『碧眼托鉢 ――馬をさへ眺むる雪の朝かな――』
宮沢賢治『銀河鉄道の夜』