「おい、オダサク! まーたロクでもないこと考えてたろ」
表情で丸わかりだっての。振り向くと、両手いっぱいに荷物を抱えた太宰が笑っていた。
「今日ばかりは腹の底から笑わせてやるよ。道化の仮面なんか忘れちまうくらいに堕落させてやる」
主役が壁の花ならぬ窓辺の花なんて、許されると思ってるのか? 太宰の隣で、安吾がしたり顔で大仰に頷いた。
いいから早く、こっちにこい。わざとらしく手を差し出され貴婦人さながらにエスコートされ、背を押されるがままに食堂へ。
オダサクさん、お誕生日おめでとう! 開かれた扉の先にはすっかり揃った馴染みの顔。オダサクさん、オダサク、織田君、織田先生……呼び方が揃わずかけ声の終わりがもたついたのはご愛嬌だろう。ぱぱぱぱん、と軽く弾けたクラッカーに思わず目を丸くすると、サプライズ成功とばかりに満足げな笑顔があちらこちらで咲きこぼれた。
メインディッシュはカレー。メインディッシュは、というよりもメインしか存在しないパーティーだった。辛さも風味もそれぞれだが、ひたすらカレーの大鍋ばかりがずらりと並ぶ光景なんてそうそうお目にかかれないだろう。真っ青な何かがぐつぐつと煮えている鍋や、異様に刺激的な匂いのする、近寄るだけで涙の出てくる鍋もあったが、深く言及しないでおくことにした。
食堂の真ん中に据えられた長机には、イチゴと生クリームたっぷりのケーキ。切り分けようと嬉々として近づいた安吾は、今日のケーキは鍋に入れてくれるなよと釘を刺されていた。
誕生日の度に用意されるケーキは、盛大な乾杯の後に丁寧に切り分けられる。その日の主役、誕生日の者の分は他より少しだけ大きく切り分けられて、一番大きなイチゴが乗せられるのが恒例だった。
「オダサク、誕生日おめでとう!」
太宰が差し出してくれたケーキの一切れには、何故かイチゴが二つも乗っていた。
「太宰クンのイチゴまで乗ってるやないの」
「俺はいいの! 図書館いち赤の似合う天才小説家からのプレゼントだ!」
「おい太宰、抜け駆けはずるいぜ? ほらオダサク、俺の分もやるよ。そのかわりに今度酒奢ってくれよな」
「安吾のそれは酒たかってるだけとちゃうん?!」
あれよという間に三つのイチゴの乗せられたケーキはバランスを崩し、皿を持ち上げるだけでぐらぐらと危うく揺れた。
「やあ三人とも、いい夜だね。織田君、葡萄酒を飲むかい?」
イチゴ合戦を繰り広げる様子が楽しげに見えたのか、すかさず背の高い痩せた影がするりと混ざり込んでくる。
「梶井センセ、それワシに言うても余計に悪趣味なジョークになるだけでっせ。ほら、太宰くんがすごい顔しとるやないですか」
そろそろ深酒の域に入りそうな具合の梶井が差し出した酒は、ジョークの通りの代物ではなくどうやら真っ当な葡萄酒のようだった。おおきにと受け取ると、梶井は酒に揺れる淡い色の目を眇めて笑ってみせた。
ふと一息ついて食堂を眺めてみる。いつも行動を共にする者、酒の席だけの珍しい組み合わせ、酔い潰れて介抱される者と世話を焼く者。
「……なんや、ええもん書けそうやわ」
「これだけの個性派揃いだ、さぞオダサク好みの人情噺になるだろうな!」
「そりゃあもう、ネタには困りませんわ。なんってったってこんな面々……」
言葉に詰まる。夢物語と紙一重な科学技術と、神が戯れにサイコロをふったみたいな歴史の悪戯で近代が続いたこの世界だからこそ実現した、さながら奇人変人の見本市。決して出会えるはずのなかった人が、続く機会を永遠に失ったはずの繋がりが、ついぞ届かなかった言葉の行くあてが奇跡みたいにみつかった。
巻き戻しはできないけれど、もう一度綴っていくことはできる。二度目の生だからこそできることも新たな出会いも、この図書館に満ちている。
「輝かしき、もう一度生まれた奇跡に乾杯!」
高らかに宣言した梶井がグラスを突き上げる。まだまだ宴は続くとばかりに、用意された酒瓶が片っ端から空けられていく。
「なんや、飲めるお人ばっかりやなあ」
「まあ、オダサクと比べたら飲める人は多いよな」
「中々おらんのや、飲まんでもべらべら際限なく喋り倒して、酔ったみたいにへらへらできるってのは……ああそういやおったわ、そんなやつ」
ふと思い浮かんだかつての友の姿ににやりとする。あいつも転生してきたなら、きっとこの図書館を気に入るだろう。
「誰? 俺も知ってるやつか?」
「まだここにはおらんけどな。太宰くんもよく知っとると思うで」
「誰のこと言ってんだ? 太宰とオダサクの友人なら、俺の友でもあるだろ」
「安吾は……どやろな。偉大な落伍者をあいつは好かんかもな」
「どういう意味だよ、それ」
「そのまんまの意味や」
さあ、もう一度生まれた奇跡に、この先の未来に乾杯しよう。
梶井に差し出された葡萄酒を一息に呷ると、温かい友人達の笑顔が少し滲んで見えた。
