一 玄鳥至 - 2/2

 新学期を迎えたばかりの学校は忙しく、初めて訪れた教員室には誰もいなかった。昇降口からここまで案内してくれた用務員も仕事が残っているらしく、きちんとした挨拶はまた後で改めてと言い残し、足早に去ってしまった。
 人気のない教員室は、閑散として少し寒かった。棚板がたわむほど本の詰め込まれた書棚が奥の壁面を埋め尽くし、木製の長机が二列、縦に長い部屋の真ん中を貫くように並んでいる。卓上の小棚で机を区切っているらしく、両腕を肩幅より少し広げたくらいの領分をそれぞれが使用しているようだった。風がひと吹きしただけで盛大に雪崩れ落ちそうなほど紙束の積まれた机もあれば、きちんと整頓されて小さな写真が飾られている机もあった。
 出入り口に近い壁面には大きな黒板が据えられていて、全学年の時間割や年間予定、雑多な連絡事項などが事細かに書き並べてある。何度も上書きを繰り返された黒板は最早黒いところが見つからない有様で、教師達の多忙さが見てとれた。
 学生の実習のときから感じていたことだが、やはり東京の学校は近代的で、先へ先へと進む熱量が大きい。
 新しい教授法も教育論も大抵は中心部たる首都で考案され、議論と実践を重ねられ、やがて地方へと広まっていく。新しい考え方がやっと端まで辿り着いた頃には、もうその次の何かが打ち出されている。
 東京という都市は常にその循環の最前線を征く存在であらねばならないと、自ら生み出した推進力に揉まれながら進み続ける機械のようだ。立ち止まることを許されない宿命を嘆く傍ら、それを誇りにも思っている――そんな矛盾が生み出す奇妙な高揚感が、人を惹きつけてやまないのだろう。

 しばらく待っていたが、誰かがやってくる気配すらない。
 もしや今日から赴任してくることを忘れられているのではあるまいか。今更な不安がよぎったが、忙しい誰かを呼び止めてまで確認を請う必要はないと思い直した。
 指示を仰がずともやるべきことは決まっている。それに必要以上に期待されるより、忘れられているくらいの方が気楽でよかった。
 仕方がないので、広い教員室をあてもなく見て回ることにした。
 山と積まれた紙束をぐるりと回り込むと、ひとつだけ何も置かれていない机を見つけた。自分にあてがわれた席なのかはわからないが、ひとまず鞄を置かせてもらうことにした――ここ以外に置けそうな場所は見当たらなかったので、これも仕方がない。
 何もないと思った卓上だったが、よく見ると小棚に一冊だけ本が置かれていた。
 手に取ってみると、それはまっさらな教授週録だった。まだ表紙に何も書かれていない。開いてみると、新しい紙のにおいがふわりと薫った。
 ふと開いた頁に白いものが落ちた。桜の花片だった。目を上げると、南向きの窓から春風に乗って幾片かひらひらと舞い込んできているところだった。校庭の木からここまで飛んできたのだろうか。
 くるくると天井付近を漂っていた花片は、やがて遊び疲れたのか、そっと書類の山の頂上に着陸した。さすがにそれくらいでは崩れないらしい。
 新しい帳面の最初の頁に、今日の日付を書き込んだ。ふと思いついて、裏表紙をめくった右端に小さく「一」と書いてみた――通し番号のつもりだ。
 今年の終わりまでに何冊目までいくだろうか。学生時代、たった二か月ほどの実習では一冊使い切ることはなかったから、二冊目以降を数える日が楽しみだった。

 そうこうしているうちに予鈴が鳴った。どうやらいつまでも初日の感慨に浸っている暇はないらしい。
 壁面の大黒板の下にある棚から名簿を取り、教員室を出る。目指す教室は校舎の南端、新一年生の学び舎だった。
 私は第一学年の担任となった。師範学校を卒業した者は小学校本科正教員の資格を得る。学年を問わず全ての科目を担当できる正教員は、小学校教員としては最も上位の資格者であった。それはつまり、新卒であっても即戦力として担任を持つことを意味する。
 それにしても早々に一年の担任とは、と少し緊張する。二年生以降を受け持つならば、これまでやってきたことや昨年までの教師の教え方を子ども達に尋ねながら進めることもできるが、一年生は全てをいちから始めなければならない。自分も教師としてまっさらなのに、これは中々に大変なことだ。

 背広の袖が少し余る。上手くできるかわからないけれど縫い込んでしまおうかな、と思う。
 既成品、それも輸入された規格をそのまま採用しているばかりの洋装は、体に合うものを見つけるのに苦労する。大抵肩と身頃が余ってしまうのだ。仕立て屋に採寸してもらえばいいのかもしれないが、新卒の給料には少々、いやかなり過ぎた買い物だ。
 師範学校の制服は成長することを見越してか、多少袖を詰められるようなつくりになっていたのたが、果たして背広も同じ方法で調節できるのだろうか。
 本当は着物の方が楽なのだけれど、と思う。東京には地方に先駆けていち早く洋装令が出ているのでそうもいかない。

 教室に入り、教壇に立つ。たったそれだけのことを、好奇心と期待をいっぱいに湛えた小さな目の全てが注視していた。
 実習でだって何度となくやってきたことなのに、初めてのように足が震えそうになった。今日からはここに立つのは私ひとりだ。もう誰も守ってくれないし、失敗しても庇ってもらえない。今はまだ誇らしさや喜びより、心許なさの方が大きかった。
「はじめまして。今日から皆さんを受け持つことになりました。平野ひらの啓司けいしといいます」
 自分の声が自分のもののように聞こえない。ただ挨拶をするだけのことだ、失敗も何もないのだから、もっと力を抜いて自然にやればいい――頭ではわかっているし冷静でいるつもりなのだが、中々思った通りにはいかない。
「これから名前を呼びます、呼ばれたら返事をしてくださいね。もしも読み方が間違っていたら、すぐに教えてください。名簿を直しますから」
 子ども達は揃ってはい、と良い返事で応えた。よかった、少し上擦った声でもちゃんと届いていたらしい。
 官立の小学校に制服はないが、子ども達のほとんどが洋装だ。成長期の子どもに仕立て直しのしづらい洋服を買い与えるのはさぞ手間のかかることだろうが、ざっと教室を見回した限りでは、子ども達はみな継ぎのない綺麗な服を着ていた。
 この学校の生徒の多くは北の屋敷町に暮らしている子どもか、南の練兵場とその関連施設の勤め人の子どもだ。生活に余裕のある家庭が多く、早いうちから子どもにきちんとした学問を授けることへの関心も高い。小学校に上がる前から家庭教師をつけたり、私塾通いをしたりで読み書きを習ってきていることも少なくないらしく、まだ右も左もわからない一年生とはいえ、授業はやりやすいはずだと聞いていた。
 ひとりひとり名前を呼んでいく。昨日の夜に名簿に読み仮名をふって、一通りの名前は一度頭に入っていたが、こうして顔と名前を見比べるのは初めてだ。
「せんせい、歳はいくつですか!」
 ちょうど半分くらいまで呼び終わったところで、唐突な質問が飛んできた。
 教室の一番後ろの真ん中、利発そうな目をした男の子が、好奇心しかないという顔でわくわくと右手を高く挙げている。子どもというのは突飛なもので、思わずくすりと笑ってしまった。
「十八です。みなさんは尋常小学校の一年生ですから、私はみなさんの十ほど年上ということになりますね」
 十八だって。すごい、大人だ……! そんな声がこそりと聞こえる。
 この子達にとって、十八歳は大人なのか。いや子どもからしてみれば、ある程度より年上の人間は皆ひとくくりに「大人」であって、年齢などどうでもいいことなのだろう。私も小学生の頃は、教師の全てが成熟した大人に見えていたものだった。
 しかし実際はそんなことはないと、教師の立場になってみて初めてわかる。師範学校を出たての青二才が、子ども達を教える立場にあるちぐはぐさを思う。
 あの頃理想の形で堂々とそこに存在していた「大人」にはいまだ程遠いというのに、子ども達に「大人だ」と言われてしまえば、無理にでもそうあらねばならないのだろうか。どれだけ自信がなかろうと未熟だろうと、子ども達の前では立派な大人を演じるべきなのだろうか――それは子ども達に対して誠実ではないような気がした。
「みなさんは今日からこの学校の一年生です。でもそれは私も同じことなんですよ」
 結局、等身大の姿を曝け出すほかに方法はないのだろう。
「私も、今日初めてこの教壇に立ちました。みなさんと授業をするのも初めてです。初めて同士、わからないことをひとつずつ、一緒に学んでいきましょう」
 どうぞよろしくお願いします、と礼をすると、子ども達も真似をしてよろしくお願いします、とお辞儀を返した。

 それは教師と生徒の出会いではなかった。一年生同士、独り立ちを目指す若葉同士の心の通い合いだった。
 今思えば教師としての起点にすら立ててはいなかったなと思う。それでもあの日覚えた幸福感は、変わらず私の心の奥底で熱を保っている。あの頃ぼんやりと抱いていた未来とかけ離れた今でも、私を突き動かすものなのだ。