短編 終りなき夜に - 3/3

「生まれつき、」唐突に蒼月は口を開いた。
「え?」
「生まれつき、ここに穴があいてる。……らしい」
 蒼月は自身の薄い胸を人差し指でトントンとつつく。
「穴? 心臓に? まじかよ、それ死なねえの?」
「生きてるだろ、現に」
 呆れた様子で蒼月は呟いた。
「全然知らなかった」
「言ってないからな」誰かに言うのは初めてだ、と蒼月はこぼした。
「……最近あまり調子が良くない」
「さっきの薬はそのためか? 大丈夫なのか」
「ああ。痛みが強くなる前に服用すれば多少は抑えられるんだが……ちょっと、間に合わなかった」痛すぎて吐いた、そう忌々しげに呟いて胸元をおさえた。
 それは、大丈夫じゃないんじゃないのか。喉元まで出かかった言葉は飲み込んだ。
「……どうして俺には話す気になった?」
「もうお前に隠すのは諦めた。あることないことやたらと詮索されるより、はっきり言った方が楽だ」
 気取らせないように振る舞うのも限界というわけだろう。気づかれて余計な気を回させるくらいなら先に言ってしまえというのもこいつらしい。
「本当は知られたくなかった?」
「まあ、それは。碌でもない相手に下手に弱みを握られても困る」
 自分もそうだが、頼れるものがほぼいない身の上で信用に足る人物の選択を誤ると、途端に生きていくことすら難しくなる。それをわかっているから今日までひた隠してきたのだろう。
「俺は例外? つまりお前の中で俺は信用に足る人間ってわけだ、嬉しいよ」
「うるせえよ。今からでも忘れさせてやろうか」
 声にいつもの調子が戻りつつあった。ややふらつきながらも自力で立ち上がったのを見て、ようやくどこか張りつめていた感覚が抜ける。
「おい明石。わかってるとは思うが、他の奴らに話したりしたら」
 続きは言葉にされずともわかった。この目はマジなやつだ。
「わかってるよ、怖い顔しなさんな」
 本当だな、と念を押すような目をした蒼月に、大きく頷きを返してやる。全く信用ならないという顔をして蒼月は溜息をついた。
「アオ、まじでやべえ死ぬこれはどうにもならないってときだけでいい。俺の力もアテにしろよ」
「お前の? 何の役に立つんだ」
「その言い方はやめろよ本気で凹むから……。俺にも年上のプライドってものがあるんだよ。わかったら黙ってよろしくお願いしますって返せばいいんだ」
「よろしくおねがいします」
「あからさまに棒読みで言うのやめろよ?!」
 ふっと力が抜けたように蒼月は笑った。そうだよ、いつもこんな風に笑っていればいいんだ。無駄に気を張ったり作ったりしなくても、お前のことを受け止めてやれる奴はここにいる。
――もしもいつか道を違えたとしても、お前の往く先にはきっと頼りになる人がいるはずだ。なんせお前は天才的な人たらしだからな。
「明石。それ返せ」
「あ? ああ、本か。持ってきてやったんだから礼のひとつも言えよなー」
「ありがとう、助かった」
「そういうときはちゃんとしてるの、ほんと腹立つ。おかげで憎めやしない」
 返してやると、蒼月はそのままパラパラと頁を捲った。
「読んだか?」
「いや、軽く中は見たけど。さっき言ってたの作者名だったんだな。タイトルはちょっといいなと思った」
「貸してやろうか」
「いやいいよ、借りてもどうせ読まねえもん。一生かかっても読みきれなさそうだ」
 そうか、と蒼月は淡々と言うと、元あったようにコートのポケットに本をしまった。
――もしかして、こいつは俺に読んで欲しかったのだろうか。同じ目線で話がしたかったのだろうか。
「やっぱり借りようかな」
「どっちなんだよ」
「死ぬまで読み終わらなくてもいいか?」
「それ、返す気ないだろ。読み終われよ」
「挫折したら死ぬ前に返す」
 本は再び俺の手元に戻ってきた。
「これ、タイトルどういう意味なんだ?」
「そのまんまだろ。……読んでない奴にこれ以上は言えないな」
「あっそういうやつか? タイトルも伏線のうち、みたいな? くそ、絶対読み終えてやる」
 精々頑張れよ、と蒼月は薄く笑った。

 終りなき夜に生れつく。それがまるでお前のようだと思ったから気になったんだ、なんて言ったらどんな反応を返すだろう。
 読み終わった暁には絶対言ってやろう、そう思いながら先行く背を見た。
 夜が明けようとしていた。