間もなく年が明けた。主が消えたあとには、がらんどうの部屋がひとつ残された。
結局、最後まで何もしてやれなかった。ついぞ表舞台に返してやることはできなかったし、悔いのないように過ごさせてやれたかと言われたらそれも怪しい。
音のない部屋にひとり立つ。文机の上にはまだ鶴が転がっていた。最後の方はまともに手が動かなかったのか、ほとんど紙屑同然だった。
なんとなく手のひらに乗せてみる。縒れたくちばしがこてんと横を向いた。何もかもが虚しくなって、そのままくしゃりと握り潰した。
「なにがしたかったんだろうな、俺は」
正しいことができたのか、まだわからない。やれることは全てやった。そこに疑いはない。それでも、遣りきれない思いは残った。
手の中で潰れた紙を見る。ふと申し訳ない思いが過って、せっかくなら綺麗に折り直してやろうと机の上で皺を伸ばした。
艶のある紙の、内側の少しざらついた側に何かが書いてある。ちょうど鶴の内側に折り畳まれて、広げてみなければ気づかない部分だった。
雪が降る 世界のふるえる音がきこえる
鉛筆で薄く走り書きされた、詩の断片のような言葉。それは紛れもなく蘇芳の字だった。
まさか。窓枠にいた鶴も手に取る。そっと開いてみると、そこにも言葉があった。
晴空の色 それは希望にも似ている
本の上。使われず重ねられていた座布団の上。文机の下、箒の届かない部屋の隅。忘れ去られたように佇む鶴たちを集めて、ひとつひとつ開いてみた。
久々に外の風を受ける 秋はすこし乾いている
氷が溶けたらシベリアに帰る また流れ来るために
君の声はいつもどこか寂しげだ まるで朝焼けの光のように
文机の薄い抽斗を開ける。数えきれないほどの鶴がかさかさと音をたてて零れ落ちてきた。
迷惑ばかりすまない
いつか報いることができるだろうか
どんな思いで書き溜めたのだろう。ただの手慰みだ、意味はないなんて言いながら、こんなにもたくさんの言葉を押し込めて。
どれだけの願いを込めていたのだろう。叶わないと知りつつ、それでも手放せなかったものを小さな鶴に託して。いつの日にか飛べると信じていたのだろうか。
友へ 出逢ってくれてありがとう
もう一度隣を歩けたら そう願える幸せをこの胸に抱きていざ往かん
ちりん、と涼やかな音が落ちた。縁側へと向かう硝子戸の側、片付けられないままだった風鈴が真道を呼んでいた。
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