剥明光線 - 3/3

 間もなく年が明けた。主が消えたあとには、がらんどうの部屋がひとつ残された。
 結局、最後まで何もしてやれなかった。ついぞ表舞台に返してやることはできなかったし、悔いのないように過ごさせてやれたかと言われたらそれも怪しい。
 音のない部屋にひとり立つ。文机の上にはまだ鶴が転がっていた。最後の方はまともに手が動かなかったのか、ほとんど紙屑同然だった。
 なんとなく手のひらに乗せてみる。縒れたくちばしがこてんと横を向いた。何もかもが虚しくなって、そのままくしゃりと握り潰した。
「なにがしたかったんだろうな、俺は」
 正しいことができたのか、まだわからない。やれることは全てやった。そこに疑いはない。それでも、遣りきれない思いは残った。
 手の中で潰れた紙を見る。ふと申し訳ない思いがよぎって、せっかくなら綺麗に折り直してやろうと机の上で皺を伸ばした。
 艶のある紙の、内側の少しざらついた側に何かが書いてある。ちょうど鶴の内側に折り畳まれて、広げてみなければ気づかない部分だった。

 雪が降る 世界のふるえる音がきこえる

 鉛筆で薄く走り書きされた、詩の断片のような言葉。それは紛れもなく蘇芳の字だった。
 まさか。窓枠にいた鶴も手に取る。そっと開いてみると、そこにも言葉があった。

 晴空の色 それは希望にも似ている

 本の上。使われず重ねられていた座布団の上。文机の下、箒の届かない部屋の隅。忘れ去られたように佇む鶴たちを集めて、ひとつひとつ開いてみた。

 久々に外の風を受ける 秋はすこし乾いている

 氷が溶けたらシベリアに帰る また流れ来るために
 君の声はいつもどこか寂しげだ まるで朝焼けの光のように

 文机の薄い抽斗ひきだしを開ける。数えきれないほどの鶴がかさかさと音をたてて零れ落ちてきた。

 迷惑ばかりすまない
 いつか報いることができるだろうか

 どんな思いで書き溜めたのだろう。ただの手慰みだ、意味はないなんて言いながら、こんなにもたくさんの言葉を押し込めて。
 どれだけの願いを込めていたのだろう。叶わないと知りつつ、それでも手放せなかったものを小さな鶴に託して。いつの日にか飛べると信じていたのだろうか。

 友へ 出逢ってくれてありがとう
 もう一度隣を歩けたら そう願える幸せをこの胸に抱きていざ往かん

 ちりん、と涼やかな音が落ちた。縁側へと向かう硝子戸の側、片付けられないままだった風鈴が真道を呼んでいた。

 


 

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