あーあ、あいつらまたやってるよ。きゃあきゃあと騒がしい声に、エズラは人知れずため息をついた。
「牧師様、見て! かわいいでしょう?」
野草で作られた花冠を頭に乗せてくるりと一回転してみせたちび達に、牧師様は書き物の手を止めてにっこりと微笑んだ。
「素敵ですね。みんなで作ったのですか?」
仕事を邪魔されたというのに嫌な顔ひとつせず、それどころかむしろ嬉しそうに笑う姿に、ちりりと胸の奥がささくれ立つ思いがした。
ちび達はわかっていない。普段日の高いうちは教会の裏手で畑仕事、日が暮れて皆が寝静まってから自室で書き物をする牧師様が、ここ数日は昼間から礼拝堂で書き物ばかりしている理由に。数週間前にかかった風邪が治りきらないまま夜な夜な咳き込み、夕方になれば熱を出すせいで仕事が溜まっているのだ。そろそろまた体調が傾いてくる頃だからそれまでに仕事を片付けようとしているのに、ちび達ときたら。
「みんなで作りました! 輪になって、それぞれ隣の人にあげる分を作ったの」
作り方がわからない子には教えてあげて、ここをこうして、ああして。ちび達の話は尽きそうにない。牧師様はにこにこと笑って聞いていたが、眼鏡を直すふりをしてさりげなく眉間を押さえたのが見えた。
牧師様は皆に心配されたくないのだろう。だからああしてなんでもないふりで誤魔化してしまう。それに気がついてからというもの、笑顔を絶やさぬ危うい牧師様にも、そんな彼にべったりなちび達にも何か形容し難い、ちりちりと胸を灼くような思いを抱くようになってしまった。
だから俺は、それをぶっ壊してやるんだ。エズラは大きく息を吸うと立ち上がり叫んだ。
「おい、いつまでも遊んでるくらいならやることがあるんじゃないのか? 食事の支度! ほらほら早く!」
きゃあ、エズラにいのカミナリだ! ちび達は蜘蛛の子を散らしたように炊事場へと向かう。
「……エズラ、」
「俺もちび達を手伝ってきます。できたら呼ぶので」
何か言いたげだった牧師様の言葉を遮って、エズラは礼拝堂の奥の炊事場へと向かった。けほ、こほ、と弱い咳が後ろから聞こえて、またひとつため息が落ちる。ほら、やっぱり無理していたんじゃないか。
「牧師様、入りますよ」
ドアの外から控えめに声をかけると、ややあってから小さく、どうぞ、と返事が聞こえた。
「温かい飲み物を持ってきました。少しは眠りやすくなるかなと、思って……」
牧師様はもう寝支度を整えて寝台にいたが、クッションを背に半身を起こしていた。読みかけの本が手元にあったが、きっちりと挟まれたままの栞を見るに、読んでいた最中とは思えない。呼吸が苦しくて横になれないのだろう。
「エズラ、夕方はどうもありがとう」
マグカップを手にした牧師様の向ける穏やかな視線に、エズラはふいと背を向けた。
「……ちび達の躾は、俺の仕事ですから」
「エズラがしっかり皆を見ていてくれること、とても助かっています」
でもね、と牧師様は続ける。
「進んで嫌われ者になることも、人一倍早く大人になることもないのですよ。まだまだ甘えたっていいんですから」
ガウンを羽織る柔らかな腕が、後ろからそっとエズラの背を包み込む。
「……牧師様。お願い、いなくなったり、しないで」
「何を言い出すかと思ったら……大丈夫、置いていったりしません」
背に触れた体は温かかった。ふいに涙がこみ上げてきて、エズラはすん、と小さく鼻をすすった。
「ずっと、ここにいて」
大丈夫、と牧師様は笑った。少し掠れたその声は強がりではないと思えた。