花に白咳

 久方ぶりに訪れた街は、その様相をがらりと変えていた。
 年の瀬の売り尽くしで賑わう目抜き通りを人の波に逆らわずゆっくりと歩いてゆく。足下を吹き抜ける寒さに白い息を吐きつつ往来する黒いコートの人の群れは、まるでそれ自体が何か大きな生き物であるかのように思えた。
 緩い坂道を下りきった所に小さな雑貨屋を見つけた。数人の女学生が店先に並んだ小物を次々に手に取っては見比べて、時折楽しげな声を上げている。店の前に置かれたカゴを彼女たちの肩越しにひょいと覗くと、そこには色とりどりの髪留めやら櫛やらが雑多に入っていた。店の中で売っているものより幾分安い商品らしかった。
 ふと、ショーウィンドウに並んだ髪留めが目に留まった。縮緬でできた小さな赤い花が二つついた可愛らしいもので、花の中心には小振りな真珠がついている。
「すみません、これを贈答用に包んでいただけますか?」

 三日後は妹の誕生日だ。今年で十五になる妹はお洒落をしたい年頃だろうから、きっと喜んでくれるだろう。
 毎年こうしてささやかな贈り物をする度、妹は心底嬉しそうな笑顔でありがとう、と言う。
 生まれてすぐに母親共々家を追い出された彼女にとって、自分の生まれた日というものは必ずしも喜ばしいばかりではないのだろう。自分が家督を継げない程弱い身体に生まれなければ、彼女は今よりずっと幸せに生きられただろう。彼女の笑顔を見る度、その裏にやりきれない悲しみと諦めを隠しているのではないかと思うと胸が痛んだ。

 雑踏を切り裂くような北風が細く鋭く吹き抜けてゆく。煽られたマフラーの隙間から入り込んだ寒さにひとつふたつ零した空咳は、あっという間に白い霧となって漂い消えていった。