序 春光に山笑いて
花の下で生きると決めた日のことを思い出す。仰ぎ見た空から、彼の好きだった色が降りそそいでいた。
一 陽春の出会い
出会いに理由などない。それでも、その日そこにいたことがたしかに人生を変えたのだ。
二 風薫る
たとえ身を壊すとしても、それは彼にとってなくては生きられないものなのだろう。
三 空蝉・暗雨
あの日雨が降らなければ、彷徨い込まなければ、今もここで笑っていられたか?
四 空蝉・水中花
降りしきる雨の下で手繰り寄せたその身体の冷たさを、俺はきっと生涯忘れることはできないだろう。
五 空蝉・夏の果て
雨の降り止んだ日に、ようやく本当の彼に出会えた気がした。
六 繊手に初紅葉
どうかいつまでもこのままでと願うのは、彼にとって酷なことだろうか。
七 冬蝶の夢
手の届かないものを数えて暮らすことに慣れてしまった。慣れたと、思い込みたかった。
八 緋寒桜
眩いものすべてから身を遠ざけた。誰もいなくなった暗がりを愛そうとして、結局できなかった。
九 風花の思い
失いたくない、そんな思いが日増しに募っていく。終わる予感を見なければ、こんな思いには駆られまい。
十 霜花の終わりに
全てを失っても、貴方は隣に居てくれた。
十一 追憶の桑楡
どこにも行かないでくれと乞い願う。どうかずっとこのままでと望む。残された時間は恐らく僅かなのだろう。
十二 薄暮の部屋
拐ってやりたい。その運命からも、枷のついた身体からも。――望まないと知っていた。
十三 ひとひら
いつの日か、君のいるところに手を伸ばす日がきたら。そのときにはまた、話の続きをしよう。
終 薄暮教室
春は何度でも巡り来る。それが救いになるのだと、教えてくれたのは先生だった。